ていらのは売れたい

底辺ラノベ作家の雑記ブログです

私のこと:お仕事編 part 2

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おはようございます。ていらのです。

 

前に書いた記事の続きです。

眠かったし、翌日の仕事に差し支えると思ったので、

ノリで「続きます」なんて書きましたが正直そこまで書くこともねーなって感じです。

 

派遣を転々とする前は……

なんとプログラマをやってました。

未経験から紹介予定派遣で正社員です。

 

大手メーカー子会社のSIから独立した人が取り締まり役の小さな会社でしたが、

(ITエンジニアの職場としては)驚くほどホワイトでした。

 

残業代こそ出ませんでしたが、いわゆる「デスマーチ」状態に陥ることは一度もなく、休日出社を求められることもありませんでした。

 

ただ、隣席のオバチャン社員がどうしても嫌で、1年半で退職しました。

私、煙草は吸わないんですけど、煙草臭かったんですよね、その人。

 

そんな感じでC言語をちょっとかじった程度でやめてしまったので、

次の仕事につながらず、派遣を転々とする羽目になるわけです。

C言語の鬼門とも言われる「ポインタ」ですが、正直理解できていたか怪しいです。

ただ、普通にコードは書けてましたし、何度もレビューしてもらいましたし、

私がコードを書いた機能も、きちんと納品されてました。

 

少人数で家族みたいな雰囲気だったのも合わなかったです。

正直、そういった環境面が合っていれば、ずっと続けていたかもしれません。

ある意味ターニングポイントでしたね。

 

この仕事をしていたとき、当時お付き合いしていた人と同棲していたのですが、

退職後、ほどなくして別れました。

ケンカしたわけでもなく、はて、なんで別れたんだっけなと思い返してみるのですが、

今思えば、仕事を辞めたことで彼女から「こいつはダメだ」と思われたんじゃないかと。

結婚相手として考えるなら、ホイホイ仕事を変える相手なんて安心できませんからね。

 

で、「彼女と別れた」というのが実はのちのちラノベ作家になる重要な出来事でして。

さすがに別れても同棲するわけにもいかないので、引っ越しするわけですが、

当時の私は貯金をするという感覚がなく、銀行系のカードローンで引っ越し費用を捻出し、無理やり引っ越しました。

 

そのせいでお金がマイナス。

彼女と別れたので、時間はありやまってるわけで。

「さて、俺は自由だけど、何しよう」

と、考えたとき、起こした行動が「ラノベの新人賞に応募する」だったのです。

お金もかからないし、時間もかかる。

ある意味、理想的な時間つぶしだったのです。

 

舞台やりながらフリーター

高校卒業と同時に東京に出てきた私ですが、

実は「声優の学校」に通ってました。

文科省認可のいわゆる「専門学校」ではないやつです。

「声優の学校」と聞いて、皆さんがすぐ頭に思い浮かんだ学校ではないです。

 

なんというか、通ってて声優になれる気は一切しなかったです。

万が一、声優を目指してる学生がこの記事を読んでいたら、悪いことはいいません。

ある程度名の知れた、多少なりとも業界とのコネクションがある学校を選びましょう。

これはライトノベル作家も同じで、作家を目指して専門学校を選ぶなら、少なくともデビュー実績やら講師くらいは調べましょう。今の時代、そんなに難しいことではないでしょうから。

まあ私のように行かなくてもデビューはできるわけですが、わかいうちにさっさとデビューした方がいいと思うので、「学校なんて無駄」とは一概に言い切れません。

 

で、演技の基礎を学ぶわけですが、マイク前の演技ではなく、とりあえず体全部を使ったお芝居を勉強するわけです。そのからみで、小劇場なんかを見に行くようになります。

そこで「面白い!」と思う劇団と出会ってしまいました。

強く「自分もあの劇団の舞台に立ちたい!」と思ったわけではないですが、少なくとも在学中に「声優になろう」とは思ってませんでした。

 

芝居よりはダンスと殺陣で魅せる劇団だったので、踊りの基礎としてバレエを習ったりもしました。もちろんレッスン生は私以外全員女性です。

今考えればよくそんな勇気があったものだと身震いしてしまいます。

ただ、週2~3で通っていたので、1年という期間ですが、そこそこバレエっぽい動きはできるようになりました。あくまで「そこそこ」ですが。

 

で、バイトしながら憧れの劇団の舞台に縁あって立てるようになるのですが、

二回ほど舞台に立たせてもらったとき、周囲の劇団員さんがみんな大学卒であることに気づいて、高卒の自分に凄くコンプレックスを感じてしまいました。

ちょうど同じ時期に元宮崎県知事である東国原英夫氏(当時はまだ、そのまんま東氏)の「芸人学生」という本を読んでしまったのですね。

 

この本は氏が社会人入試で早稲田大学に入学するまでのことなどが書かれているわけですが、これを読んだ私は「これだ!」と勘違いしてしまうわけです(笑)

 

東京のアパートを引き払って、実家に帰って早稲田大学、第二文学部を目指します。

第二文学部というのは、わかりやすくいうと夜間の文学部で、確か私が受験した年か、その翌年くらいに無くなったと記憶しております。

 

まあ、落ちたんですけどね(笑)

試験は英語(辞書持ち込み可)と、小論文だったんですが、そんなに甘くなかったわけです。

 

他の大学も考えたのですが、例えば当時、同じく社会人入試を実施していた青山学院大学は、大本命である早稲田と時期がかぶっていて、「滑り止め」として併願することはできませんでした。

もっと大学のランクを落とすこともできたのでしょうが、ある程度知名度のある大学じゃないと意味がない、という謎のこだわりがあったので、もう他の大学を受けようとは思いませんでした。

 

その後、自分で脚本書いて舞台をやりつつ、フリーターを続けていたわけです。

 

やったアルバイトを列挙すると、

 

マクドナルド

ドトール

・笑笑

・100円ショップ

・PCの組み立て

 

などでしょうか。

バイト募集記事で「新規事業サイトの管理」と書いてあって、

いざ働いてみてしばらくすると、出会い系のサクラでした、なんてこともありました。

 

で、一番最後にアルバイトしたのがインテリジェンスという人材会社です。

サイバーエージェントの藤田社長が在籍していたこともあることで有名?ですが、

今は統廃合を経て「パーソルキャリア」と名前を変えていますね。

 

ここで働いていて、就業意欲が高まって、プログラマを目指す、というわけです。

 

異様に長くなりました。

自分語りだと、どうしても長くなってしまいますね。

時系列も滅茶苦茶で申し訳ないです。

 

今回はこの辺で……。